自分の声や体を使わずに音を出す。
というのを遡っていくと「そこら辺にある物を叩く」とか「穴に息を吹きかける」とか、そういうことに行き着くのであります。
はるか大昔、石を叩くよりも中が腐って空洞になった木を叩いた方が大きな音が出るとか、その胴の上に革を張るともっと良いとか、更にその上に弦を張るともっと良いとか…楽器というのは、そういう発見やアイディアの積み重ねで今に至っております。
原始的な用途はきっと仲間との通信手段だったのでしょう。獲物の位置を知らせるとか、外敵を味方に素早く伝えるとか。遠くの仲間にキチンと正確に伝えるため大きな音の方が適しています。あるいは、大きな音で敵をビビらせるという効能もあるでしょうから「より響く素材」というのが人類には欠かせなかったと考えるのが自然です。
そしてそのうちに、何かの音が人の心を揺さぶるというか、楽しいとか悲しいとか、音には感情を増幅させる効能があると発見されたのです。
獲物を狩ったあとの飲み会の最中?キャンプファイヤー的なアレとか、もしくはお葬式の時かも知れません。
それは理屈抜きで歴史が証明していて、例えば神様と通信する儀式だったり、人々を治めるための政治的手段にも音楽が使われており、それに伴って楽器も発達してきました。
時を経てそれはやがて学問にもなり、更には商業的な要素も加わって私たちは音楽と楽器を楽しんでいます。
ここでようやく本題になりますが、楽器に適した樹木の大切な要素はつまるところ「その辺に生えてる木」であるということになります。手に入れやすいと言うことが大前提、そしてその性質は、加工がしやすくデカい音が出るなら最高です。
例えば良い音がするからと言って地球の反対側にあるブラジルの木を日本で使うとか、楽器の起源にそんな概念は無く、たまたまそこに生えてた木を使ったにすぎません。強いて言うなら「あの山には神様がいるから」とか、どっちにしろ後付けの理由でしょう。手に入れにくいから高尚、というのは大昔からあったのかも知れませんね。
たった100年やそこらの商業的な楽器産業でもそうです。近くの山に生えてる木を使うのはビジネスとしてコスト的にも当然のこと。良い音がする楽器(と刷り込まれている)のは商業的に仕掛けられた罠でもあり、私たちユーザーからすればロマンでもあるわけです。
あの儀式で使ってた、誰某が何十年前の録音で使ってた、昔使われていた木材は今はホーリツで使えなくなった…あの手この手で私を惑わす高額な楽器とそれを販売する店員たち…笑
そんなゴテゴテに演出された音と呪文(セールストーク)で私たちは簡単にワナにハマるわけであります。
要するに適した樹木とか性質よりもロマンでしょ。理屈じゃないんです。
そうだ、楽器持って飲みに行こうぜ!
はい。こちらleather&musicでお馴染みWildroseのブログでした。
明日もよろしくお願いします。